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神戸地方裁判所 昭和32年(ワ)333号 判決

原告(反訴被告) 森利一 外一名

被告(反訴原告) 山下建設株式会社

被告 中井清蔵

主文

被告中井清蔵は、原告等に対し別紙目録記載家屋につき神戸地方法務局兵庫出張所昭和二九年八月二六日受付第一三八九八号をもつてなされた訴外黒田照夫・被告中井清蔵間同日付代物弁済予約による所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。

原告等の被告中井清蔵に対するその余の請求ならびに原告(反訴被告)等の被告会社に対する本訴請求を棄却する。

被告(反訴原告)会社の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じ被告中井および被告(反訴原告)会社の負担とする。

事実

原告(反訴被告、以下同様)等訴訟代理人は、本訴につき、「原告等に対し、(1) 被告中井は別紙目録記載家屋(以下「本件家屋」という。)につき神戸地方法務局兵庫出張所昭和二九年八月二六日受付第一三八九八号をもつてなされた訴外黒田照夫、同被告間同日代物弁済予約による所有権移転請求権保全仮登記ならびに同出張所昭和三〇年六月一四日受付第九六一〇号をもつてなされた昭和二九年一〇月三一日代物弁済契約による所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ、(2) 被告(反訴原告、以下同様。)会社は同家屋につき同出張所昭和三一年三月五日受付第三九五七号をもつてなされた被告中井・被告会社間同日売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ、訴訟費用は被告等の負担とする」、反訴につき、「反訴原告の反訴請求を棄却する、訴訟費用は反訴原告の負担とする」との判決を求め、本訴請求の原因ならびに反訴の答弁として、原告森は昭和二九年一二月三日訴外黒田照夫に対し金四〇万円を貸与したうえその担保のため同人所有の本件家屋に抵当権を設定し翌四日その旨抵当権設定登記をなし、原告組合は同年一二月二〇日黒田照夫に対し金二四万円を貸与しその担保のため本件家屋に抵当権を設定し翌二一日その旨抵当権設定登記をした。ところで、黒田照夫は、これよりさき同年八月二六日被告中井から金六〇万円を弁済期同年九月二六日、利息年一割八分と定めて借りうけ、もし黒田においてその弁済を怠つた場合は同被告はその弁済に代えて本件家屋を譲りうける旨代物弁済予約をしたうえ同年八月二六日その旨の所有権移転請求権保全の仮登記をしたが、黒田において右債務の弁済を怠つたため同被告は同年一〇月三一日黒田に対し右代物弁済予約を完結する旨意思表示をし代物弁済契約が成立したものとして本件家屋につき昭和三〇年六月一四日右仮登記に対する右代物弁済契約による所有権移転登記をした。そして、同被告は昭和三一年三月五日被告会社に本件家屋を売却し同日その旨所有権移転登記をした。

しかしながら、前記代物弁済予約ならびに代物弁済契約当時、本件家屋の時価は金二五〇万円以上であるところ被告中井は右予約ならびに本契約当時黒田の窮迫、軽率、無経験に乗じて右予約ならびにその予約完結意思表示をしたものであるから、右予約はもちろん右本契約も公序良俗に反し無効である。従つて、右予約ならびに本契約に基く前記各登記は登記原因を欠き不適法である。それゆえ、被告中井は本件家屋所有権を取得するに由なく、同被告の被告会社に対する前記売買契約も亦無効であるから、これに基く前記所有権移転登記も登記原因を欠き不適法である。

しかして、原告等は、前述のように抵当権を有するがその登記は前記仮登記より後順位にあるので前記予約・本契約による仮登記・本登記の抹消登記をうけることによつて直接利益をうけるものであるから右各登記の抹消登記請求権を有する登記手続上の登記権判者である。仮りにそうでないとしても、被告会社は被告中井に対し前記売買による登記の、被告中井は黒田に対して前記予約・本契約による各登記の各抹消登記手続をなすべき義務をそれぞれ負担している。そして、原告等はそれぞれ黒田に対する原告等の各抵当権を保全するため、黒田に代位して被告中井に対し右予約・本契約による各登記の抹消登記請求権を行使して該抹消登記手続を求め、さらに黒田の同被告に対する右抹消登記請求権を保全するため同被告に代位して被告会社に対し右売買による所有権移転登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ、と述べ、立証として、証人黒田照夫の証言、原告森利一、原告組合代表者竹内兼太郎の各本人尋問の結果ならびに鑑定の結果を援用し、乙第一、二号証、同第三号証中確定日附部分の各成立を認め、その余の部分の成立は不知、と述べた。

被告会社訴訟代理人は、本訴につき、「原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする」、反訴につき、「被告会社に対し(1) 原告利一は本件家屋につき神戸地方法務局兵庫出張所昭和二九年一月四日受付第一九二八三号をもつてなされた同原告・黒田照夫間同月三日代物弁済予約による所有権移転請求権保全仮登記ならびに同月四日受付第一九二八二号をもつてなされた同原告・黒田照夫間同月三日契約による抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ、(2) 原告組合は本件家屋につき同出張所同月二一日受付第二〇五六七号をもつてなされた同原告・黒田間同月二〇日契約による抵当権設定登記、同月二一日受付第二〇五六八号をもつてなされた同原告・黒田間同月二〇日契約による賃借権設定登記および昭和三〇年一月一七日受付第四一五号をもつてなされた同原告・黒田間昭和二九年一二月三〇日契約による賃借権設定登記の各抹消登記手続をせよ、訴訟費用は原告等の負担とする、」との判決、被告中井は、「原告の請求を棄却する」、との判決を求め、被告会社訴訟代理人は本訴の答弁ならびに反訴の請求原因として、および、被告中井は答弁として、原告等主張の事実中原告等がその主張の日黒田照夫に対しその主張の各金員を貸与しその担保のため同人所有の本件家屋につき抵当権を設定しそれぞれ原告等主張の日その旨抵当権設定登記をしたこと、これよりさき、被告中井が原告等主張の日黒田に対し金六〇万円を原告等主張のような弁済期および利息の約で貸与しその主張のような代物弁済予約をしてその主張の日本件家屋につき右予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記をし、ついで同被告が原告等主張の日黒田照夫に対し右代物弁済予約完結の意思表示をして代物弁済契約が成立しその主張の日これによる所有権移転本登記をしたこと、被告中井が原告等主張の日被告会社に対し本件家屋を売却しその旨所有権移転登記をしたことは、これを認めるがその余の事実はこれを否認する。すなわち、本件家屋の、右予約・本契約当時の固定資産税課税台帳登録価額は金八二二、六八〇円にすぎないのみならず、被告中井は黒田照夫と右仮登記以前に本件家屋につき設定された債権額金二六四、〇〇〇円の抵当権つきのまま原告等主張の日に元金六〇万円、利息年一割八分遅延損害金年三割六分の貸金債権の代物弁済予約をし、ついで代物弁済をしたものであるし、黒田照夫はその際軽卒でも無経験でもなかつた。ことに、黒田は右予約・本契約後の昭和三〇年七月五日被告中井と神戸簡易裁判所において裁判上の和解をし同被告は本件家屋を黒田に賃貸し、黒田は同被告から一定の条件でこれを買い戻しうること等約している次第であつて、このような事情からしても、黒田が右予約・本契約各当時に被告中井から軽卒・無経験・窮迫に乗じられていないことは明白である。さらにまた被告会社は、前述のように、被告中井から本件家屋を代金七五九、六六〇円で買いうけたものであるが、この代金額からしても、被告中井が黒田との間に前述のように元金六〇万円等の弁済に代えて本件家屋を取得する旨の予約ないしは本契約をしたことが、本件家屋を不当な廉価で取得することはならないことは、明白である。

仮りに右予約ならびに本契約が無効であるとしても、原告等は単に右抵当権を有するにすぎないから、黒田の有する右各登記抹消登記請求権を代位行使することはできない。私的自治の原則に反するからである。

しかして、被告中井のなした前記所有権移転登記はその仮登記の日時である昭和二九年八月二六日に遡つて対抗力を生ずるものと考えるから、その後になされた原告等の前記抵当権設定契約は被告中井、従つて被告会社に対して、対抗しえず無効である。それゆえ、原告等のなした右契約に基く抵当権設定登記は登記原因を欠き不適法のものである。

しかして、前記仮登記以後、原告等は黒田照夫とそれぞれ反訴請求の趣旨記載のような代物弁済予約、賃貸借契約を結んだうえそれぞれ同記載のような各登記をしたが、これらの登記もすべて前同様の理由により不適法のものである。

よつて、被告等は原告等の本訴請求に応じがたく、被告会社は原告等に対し前記各登記の抹消登記手続を求めるため反訴に及んだ、と述べ、立証として、乙第一ないし第三号証を提出した。

理由

一、まず、本訴請求について。

原告等がそれぞれその主張の日黒田照夫に対しその主張のような金員を貸与しその担保のため同人所有の本件家屋につき抵当権を設定したうえその旨抵当権設定登記をしたこと、これよりさき被告中井が原告等主張の日黒田に対し金六〇万円を原告等主張のような弁済期、利息の定めで貸与しその主張のような代物弁済予約をしたうえその主張の日本件家屋につき右予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記をし、ついで同被告が原告等主張の日黒田照夫に対し右予約完結の意思表示をして代物弁済契約が成立し、その主張の日これによる所有権移転本登記をしたこと、被告中井が原告主張の日被告会社に対し本件家屋を売却しその旨所有権移転登記をしたことは当事者間に争がない。

証人黒田照夫の証言、原告組合代表者竹内兼太郎本人の尋問の結果および鑑定人川口常右衛門の鑑定の結果を綜合すると、本件家屋には前記代物弁済予約当時その所有者黒田照夫のみがこれに居住しており、その時価は金二、三七六、〇〇〇円であつたことが認められる。乙第一、三号証をもつては右認定を左右しえない。しかして同証言前記本人尋問の結果、前記争のない事実によると、黒田照夫はかつて不動産仲介業をしたことがあるところ、昭和二九年不動産仲介業者中村某に依頼して本件家屋を代金四〇〇万円で売りに出したがその敷地所有者たる被告会社がその敷地の賃貸借権譲渡を承諾しそうにないため売れず、黒田は本件家屋でパチンコ営業をするため昭和二九年八月二六日被告中井から前記六〇万円を借り、その以前にも本件家屋に抵当権を設定して他より金借しており、またその後パチンコ営業のため前記のように原告等から前記合計金六四万円を借りうけていたことが認められる。とすると、黒田には右予約当時本件家屋以外に相当の資産はなく、営業資金に窮していたものと認むべきところ、前記のように、黒田は元金六〇万円、弁済期一箇月後、利息年一割八分、従つて一箇月金九、〇〇〇円の消費貸借契約上の債務の弁済、すなわち、少くとも、弁済期たる昭和二九年九月二五日に元利合計金六〇九、〇〇〇円の支払を怠るときは、その約四倍弱の本件家屋の所有権を代物弁済として被告中井に移転する旨約し(代物弁済予約)たわけである。してみると、黒田は右予約当時軽卒、無経験であつたとはいえないが、他に特別の事情の立証がなされていない本件においては、右代物弁済の予約は、被告中井が黒田の窮迫に乗じて締結されたものと推認すべく、従つて右予約は公序良俗に反する無効のものと解するのが相当である。

次に、原告等は、前記代物弁済契約も亦公序良俗に反する無効のものと主張し、その契約当時の本件家屋の賃借人のいない場合の時価も同じく金二、三七六、〇〇〇円であつたことが、前記証拠によつて認められるのみならず、右予約が無効である以上その予約完結の意思表示も亦無効であるから、代物弁済契約は成立するに由がないというべきであろうけれども、原告等はとくに右契約も亦公序良俗に反すると主張するので、考えると、成立に争ない乙第二号証、前記証言、前記争ない事実によれば、黒田は昭和二九年一〇月三一日被告中井に対し前記債務の弁済に代えて本件家屋を譲渡し、同時に、同被告からこれを家賃月額金二万円で賃借する旨等約したことが認められる。とすると、この当時の本件家屋の時価は、これに賃借人のいる場合のそれによるべきである。しかして、前記鑑定の結果によると、本件家屋の賃借人のいる場合の時価は金九五〇、四〇〇円であることが認められる。従つて、右契約は、黒田の窮迫に乗じて締結されたものとはいいがたく、該代物弁済契約は有効であるというほかはない。

すると、前記仮登記のみその原因を欠く不適法なものというべきである。仮登記のみ不適法であつてその本登記は適法であると解することは、それぞれ独立の登記であることから、別段の支障はないものと考える。

従つて、登記簿上の仮登記権利者である被告中井は同じく登記簿上の仮登記義務者である黒田に対し右仮登記の抹消登記手続をなすべき義務をまぬがれない。なお前記のとおり、右仮登記に対する本登記がすでになされているけれども、仮登記もその本登記が一単位の独立登記である限りやはり独立登記であるから、登記簿上の仮登記権利者は本登記存続のまま、登記手続上の(該仮登記)抹消登記義務者たりうるものと解する。

しかして、前記のとおり原告等は黒田に対して前記各抵当権を有するところ、黒田において前記仮登記をしているため、右抵当権の行使を妨害されており、その排除のため、つまり右抵当権の保全のため、被告中井に対して黒田の有する右仮登記抹消登記請求権を代位行使しうるものと解するのが相当である。けだし、民法四二三条によつて保全せられる「債権」はひろく物権的請求権のごときをも包含するから、前記抵当権に基く妨害排除請求権の保全のため-つまり対抗力なき不完全なる右抵当権に対抗力を与えて完全なる抵当権に強化するため、代位権の行使は認められてしかるべきであると考える(大判昭一二・六・一七民集一六巻八四一頁参照)。

黒田は、前認定のとおり被告中井に対して右仮登記の抹消登記請求権を有しているところ、前記乙第二号証によると、黒田は被告会社主張のような裁判上の和解をしていることが認められるけれども、それは右仮登記の抹消登記請求権に消長を来すべき筋合ものではない。のみならず、仮りにこれをもつて黒田においてその際右抹消登記請求権を放棄する旨の意思表示をしたものと解しうるとしても、その登記原因の無効は治癒されないから、それは無意味なことというほかはない。

してみると、原告等は黒田に代位して被告中井に対し前記仮登記の抹消登記手続を請求しうるものといわねばならない。

よつて原告等の本訴請求は、右認定の限度において理由があるからこれを認容し、爾余の請求は失当としてこれを棄却せざるをえない。

二、次に、反訴請求について。

被告会社(反訴原告)は、被告中井のなした前記所有権移転登記の対抗力は、前記仮登記の時まで遡ると主張するけれども、右仮登記の不適法であることは前説示のとおりであるので、反訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないといわねばならないからこれを棄却するほかはない。

三、よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九二条九三条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦)

目録

神戸市長田区二葉町五丁目五番の二〇地上

家屋番号三三番

一、木造瓦葺二階建店舗 一棟

建坪二六坪四合外二階坪二六坪四合

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